経済学の常識

日本の税制は、退職給与引当金にみられるように、伝統的な製造業(なかんずく重厚長大産業)に対して多くの特典を与え、税負担を軽減している。しかし、その半面で、ソフトウェアや情報関連の事業や投資に関しては、あるべき水準より重い税負担を課している。この状態を是正し、技術構造の変化に合わせた税制を構築することが必要だ。しかし、現実には、逆方向の動きが生じている。

従来の税制では、取得価額が二〇万円未満の資産については、事業の用に供した事業年度において全額を損金参入できることとなっていた。これが、「少額減価償却資産の即時損金算入措置」である。しかし、九八年の税制改革で、この基準が一〇万円に引き下げられることになった。

これは、ちょうどパソコンや周辺機器、あるいはファクス機などの価格帯である。したがって、基準額の引き下げにより、これらの損金算入額が制限されることとなり、その結果、OA機器に対する需要は抑制される。引き下げの理由としては、「収益が多額になった事業年度の節税のために、大量の少額資産を購入するケースがある」ということがあげられた。しかし、仮にそうした問題があるのなら、総額基準を導入して制限すればよいのである。ベンチャー企業の多くは事業規模がさほど大きくないから、総額基準を数千万円程度にしておけば、ほとんど影響を受けないであろう。

パソコンは技術進歩のスピードが速いため、事務能率の向上を追求するためには、最新の機器に次々に買い替えてゆくことが必要だ。事実上は消耗品であり、減価償却制度にはなじまないとさえいえるのである。また、技術進歩が激しい分野のベンチャー企業は、事業開始後できるだけ早期に投下資本を回収する必要があるため、減価償却期間はできるだけ短いことが望ましい。

こうしたことを考えれば、先端的なOA機器については、即時損金処理の範囲をむしろ拡大することが必要なのである。これによって企業の情報化投資が促進され、ベンチャー企業やSOHOなど、日本が立ち遅れている分野での活動を活性化することができる。さらに、即時損金算入措置は、短期的な需要創出効果も強い。すでに述べてきたように、将来に対する不確実性が強い場合には、所得に対して減税しても、貯蓄を増やすだけの結果に終わる。需要創出のための減税は、所得に対して行なうのでなく、支出に対して行なうべきだというのが、経済学の常識だ。