他社を取り込む

競合しそうな企業を、共通の敵に対抗する共同戦線に引き込むこともできる。逆に共同して新しい業界標準を設定したり、新技術を開発することもできる。あるいは、数社が合同して法的規制問題に取リ組むこともできる。目標は他社の経営資源を取り込むことによって、自社の影響力と実力を業界内で広げることである。共通目的を追求するために他社を取り込むのである。

同業他社を取り込もうとする企業は、まず共通の目的、つまりエサとしてぶら下げるニンジンを決めなくてはならない。取り込みではまず最初に、「自社の成功のカギを相手が握っていることをどうやって信じさせるか」と自問してみることだ。取り込みは、敵の敵は友という論理に左右されることが多い。ということは、マキャペリ流の策謀も、経営資源の取り込みには利益になるということである。たとえば、アメリカに本社のある半導体製作機器業界を再建するという共通の利益に支えられて、アメリカの半導体メーカー数社は政府の援助を受けてセマテックを結成したのである。

取り込みにはニンジンだけでなく、つっかえ棒も必要なことがある。ここでいう棒というのは、同業他社が頼らざるを得ないような、極めて重要な経営資源の支配を指すことが多い。「こちらのやり方でゲームをしないならば、ボールを持って家に帰るつもりだ」というのが本音である。取り込みの好例が、コンピューター事業のパートナーであるドイツのシーメンスアメリカのアムダール三社との富士通の関係である。各パートナーとも、IBM支配への挑戦を共通目的としていた。これはさしずめニンジンである。富士通のつっかえ棒は強力で、パートナーは富士通半導体、中央演算処理装置、ディスクードライブ、プリンター、端末、部品面の供給を受けていた。なかには供給を全面的に依存しているパートナーもいた。

取り込みには資本参加は必要ではない。富士通はICL株式の過半数を取得したが、同社を買収しようとはしなかった。これは、ICLの親会社であるSTCが、富士通の長年のパートナーであるICLを競合他社に売却するかもしれないことが危惧されたからである。ICLは技術面で富士通に依存していたから、同社はすでに富士通支配下にあるも同然だった。だから資本参加はある程度ムダだった。富士通側にICLの独立性を奪いとる邪悪なたくらみがあったというのではない。一九八〇年代前半に提携を申し出てきたのは、実はICLの方だった。ICLは強力な味方がいなければ業界巨人であるIBMをとても相手にできないことを、富士通以上によく知っていたのである。

優秀な将軍は、自分の率いる兵卒が不要な危険にさらされないように心掛ける。守りの強固な部隊に攻撃を仕掛けはしないし、本心を隠して、進攻の前に敵軍を注意深く偵察して弱点を研究し、敵軍の目を攻撃目標からそらすように牽制攻撃をかけてみたり、奇策に打って出たりする。敵軍が数で優勢であればあるほど、正面対決を避けようとする。自軍の危険を最小にしつつ、敵軍に最大の損失を与えるというのが目標である。これが「防御」の概念である。