マラリア防除に非常に大きく貢献できる

継続した社会貢献のためにはビジネスとの両立が必要だと小田さんは説く。いよいよ、これまで使われていなかった水飲み場が日の目を見る瞬間が訪れた。「スタート」。小田さんの掛け声で子供たちが蛇口をひねると、澄み切った水が流れ出した。子供たちの輝く表情が、その嬉しさを小田さんに伝えていた。世界が認めたマラリアを防ぐニッポンの蚊帳。兵庫県宝塚市住友化学の研究施設で、ある実験が行われていた。青色の特殊な蚊帳を張った部屋に、ハマダラ蚊という感染症を媒介する蚊が五〇匹放たれる。飛び回っていた蚊が蚊帳に触れ、しばらくするとポトリと落ちる。蚊は十数分で全滅した。この画期的な蚊帳を開発したのは伊藤高明さん(五九歳)。

「殺虫剤を樹脂に練りこんで糸を作り、編んだ蚊帳なんです」伊藤さんが二〇年以上かけて開発したという「オリセットネット」は、蚊の侵入を防ぐだけでなく、ネットに触れた蚊を撃退でき、その効力は五年間も持続するという。「マラリアの感染を予防するためには普通の蚊帳ではダメなんです。たとえ穴が開いていても、これなら蚊が穴を探す間に薬剤に触れて死ぬ。そこが違うんです。」世界の三大感染症の一つで、特殊な蚊を媒介するマラリアは、日本での発生はないが、世界では死亡者数が年間一五〇万人以上に上る。そのほとんどが抵抗力の弱い五歳未満の子供たちだ。猛威を振るうマラリアの対策に効果があると、二〇〇一年に世界保健機関(WHO)が推奨品として認定したことで、オリセットネットに注目が集まるようになった。

アフリカ最高峰のキリマンジャロがそびえる国、タンザニア。ここに、住友化学が現地の会社と共同で作ったオリセットネットの生産工場がある。製造のノウハウを現地会社に無償で提供し、一帳五ドルという低価格を実現。現地の人たちを雇うことで三〇〇〇人以上の雇用を生み出している。その中で、唯一の日本人スタッフ、住友化学の中西健一さんは大学を卒業後、青年海外協力隊としてアフリカで活躍したことがある。「アフリカの人によるアフリカのためのというのが我々のモットー。今まで勤めたことのなかった現地の人が、企業に勤めて、賃金を得て、生活が変っていきます」中西さんの使命は、この蚊帳をアフリカ全土に広めること。その手法の一つは、ユニセフなどの国際援助機関に蚊帳を販売し、それがアフリカ各国に寄付され、住民たちの手に届くというものだ。

四五力国という巨大市場を相手に、「一枚でも多くこのネットを使ってもらえたら、マラリア防除に非常に大きく貢献できる」と意気込みを強く語った。二〇〇八年五月、タンザニアの隣国、ルワンダの空港に中西さんが降り立った。この日、ルワンダ政府がユニセフから提供された蚊帳を住民に配ることになっていた。中西さんは、現地の人たちの反応を見るため、政府の役人に同行して特別に立ち会うことにした。首都キガリから車で二時間以上走って、山間にある人口六〇〇人の小さな集落に到着。そこで中西さんに気になる情報が入ってきた。「今、その家で熱を出してる子がいる。嘔吐もしていてマラリアかもしれない」。早速、様子を見に家に入ってみると、六歳の少年が力なく横たわっていた。

家の扉や窓には隙間があり、蚊の侵入を避けようがない状態だ。少年より幼い三人の弟妹たちも、家の中で大量の蚊に晒されての生活を余儀なくされていた。ほとんどの家がマラリアにあまりにも無防備だった。村の現状を知った中西さんは、地域の担当者と相談し、マラリア予防の講習会を開くことにした。会場の原っぱには、村中の人が集まってきた。マラリアは住民にとって一大関心事なのだ。特に熱心だったのは、小さな子供を持つ母親たち。「私たちの蚊帳はとても効き目があります。五年間は殺虫効果が続きます」と伝えると、拍手が沸き起こった。五年間効果が持続できれば、小さな子供を失う危険性が激減するからだ。