ヒューマンキャピタルを活用する経営へ

金融再編が終わらない理由は、ほかにもあります。米国のシティグループのように、グループ内の部門を売却する動きも出てきました。日本でも金融コングロマリット化と拡大路線は行くところまで行って、その後不採算部門を売却し分離する動きが出てくることが十分予想されます。経済環境が安定するほど、経営力が問われ資本の活用に対する株主の目は厳しくなります。銀行経営者も、資本コストつまり株主還元に対する意識を高めないと、その地位が危うくなる状況となりつつあります。事業部門の売却は、他の金融機関にとっては買収のチャンスになります。金融再編といえば、統合だけを考えがちですが、今後は統合、分離、再統合の繰り返しが頻繁に起こる時代になることが予想されます。金融の再々編です。

不良債権問題が発生して十年以上になりますが、その間、日本の銀行が停止した活動があります。海外進出と海外金融機関の買収です。日本の銀行は一九八〇年代に数多くみ欧米の銀行や投資銀行を買収しましたが、その多くはこの数年間、不良債権処理のために売却しました。この間、銀行の顧客である日本の企業は逆に欧米だけでなく中国やアジアへの海外進出を加速させています。経済の世界において、常に勝ち続けることは困難です。荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、現在好調を続ける欧米の経済と日本が逆転しないとも限りません。世界第二位の経済規模を誇る日本の銀行の回復が本物であれば、海外の金融機関から買収される脅威だけを考えるのではなく、フラッグシップであるメガバンクが逆に海外の金融機関を買収することも考えるべき時代が、近い将来訪れることになるはずです。

経営環境は常に変化し、ゲームの条件も突然変わります。企業経営は変化に対応することが求められ、組織や業界のあり方も移り変わります。銀行の再編に終わりはありません。金融機関の生産設備は人です。銀行経営が重視し活用しなければいけないものは、自己資本というキャピタルだけではありません。人的資本あるいは人的資源、つまりヒューマンキャピタルです。金融市場では、先物スワップーオプションなどデリバティブといった金融工学と、インターネットなどITの革新が加速しています。しかし、どれほど技術が優れていても最終的に使うのは人であり、その効果を引き出すのも人次第です。もちろん、製造業など一般の事業会社も人が重要です。ただ金融の場合、ノウハウやスキルだけでなく顧客が各個人に帰属する傾向が強いことが大きな違いです。

金融再編にはいろいろなリスクがありますが、大きなリスクの一つに人材の流出があります。欧米の金融再編では過去、買収した先の企業から人材の流出が相次ぎ、中には一〇〇人単位で上司と部下が他社に移籍する例もありました。買収するまではよかったのですが、買収してみたらもぬけの殻といったケースもありました。日本の銀行の再編でも、統合をきっかけに転職者が増加する傾向があります。ここ数年、日本の銀行はさまざまな人事制度の改革に着手してきました。銀行の特徴であったゼネラリストからスペシャリスト重視を目指した専門職制度、従業員のインセンティブ向上と給与格差を両立し人件費を削減するための能力給制度、さらに外部の優秀な人材を採用するための中途採用の拡大などがあります。しかし、現時点で目覚ましい成功事例はあまり聞きません。

人事制度改革が途上にあることや、環境の好転で逆に増員が必要な営業などでは低い給与水準では採用ができないなど、リストラが主目的であった人事制度改革の弊害も見られるようになったためです。むしろ進まなくてよかったケースもあります。特に、欧米型の完全能力給制度が日本の銀行にとってベストとも思いません。不良債権処理など攻めではなく守り、前向きではなく後ろ向きになりがちだった過去数年間に、徹底した能力給を導入していたら組織の状況を一段と悪化させていた可能性があります。組織に求心力ではなく遠心力が働いていたかもしれません。