外資系に勤めるということ

一口に外資系企業といっても、実態は千差万別である。例えば、日本に古くからあり、外資系企業の成功事例の典型とされている日本IBM。その経営の実態はかなり日本企業に似ている。実質的な終身雇用制、年功序列制もあり、退職したOB同士が助け合って事業を起こすといった事例も多いことなど、より日本的と言ってもよいくらいである。同社には退職勧告制度があるが、その対象となった社員はそれから二年間、有給で出社することもなく、自由に時間を使いながら、次の仕事探しを行なうことができる。今回のサブプライム問題に端を発した金融危機の影響で、外資系でも日本企業でも相当のリストラが行なわれているが、こうした特典のある外資系企業は、むしろ日本企業よりも従業員にやさしいと言えるかもしれない。

一方で金融業界によく見られる例だが、日本支社、支店、現地法人の業績がそれほどほかの地域や国々と比べて悪い状況でなくても、全体の業績が悪化すると、そのあおりをくらって部門廃止や所属社員の全員解雇、支店縮小、顧客へのフォロー・メインテナンス放棄といった劇薬が不意に用いられることもある。米国の投資銀行(法人取引を専門に行なう証券会社と考えてもらったらよいだろう)などで頻発する朝一番の解雇通知では、自分の席に戻ることも許されず、即刻退去を命じられるといったドラマチックな状況もあるほどだ。これは日本の外資系企業においても珍しくない。

外資系企業の明るい側面を言うと、若年でも力があると分かれば年功や序列を飛び越えて昇進・昇格できる、業績への貢献度が高ければ年収をはるかに超えたレベルのボーナスをもらえる、日本の現地法人や支社で頭角を現すと海外本社で重要なポストを与えられる、概して給与や福利厚生(フリンジーペネフィッ上のレベルが高く、数年勤めると日本の同業企業の社員に比べて実質的な年収が三倍にも五倍にもなるなど、これまた枚挙に暇がない。このように明暗ともにクッキリとしているのが、外資系企業の一般的な姿だと言える。

こうした中、外資系企業の実態やそこにおける仕事のやり方を知らずに入社を希望する日本人、あるいは日本に住む外国人はまだまだ多い。日本で収入を稼ぎ、日本人や日本企業を相手に仕事をしている以上、「日本文化にそぐわない手荒な商売のやり方は成り立たない」と思い込んでいるのだ。むしろ、日本の商売のやり方のほうが世界的にみて非合理、少数派であることを知らず、義理人情が社内待遇でも社外対応でも幅を利かすと希望的に思ってしまう。これは中高年に限らず、若年の社会人や大学生の間でも多い思い違いである。特に学生同士のサークル活動の雰囲気に慣れ親しんだ新卒は、外資系のほうが「つまらない付き合い」がない分だけ楽だと、外資系企業に殺到する。これが滅びの道への第一歩となる。

理由は後述するが、その一つに外資系企業は職能で結ばれているゲゼルシャフト(利害関係などに基づいて人為的に形成された社会)であると単純に勘違いしていることが挙げられる。外資系にもゲマインシャフト(共同体、自然発生的に形成された社会)的な要素があり、人間関係は意外と濃密である。日本企業が極めてゲマインシャフト的な色合いが強いのに対し、外資系企業はその密度が薄いという違いだけに過ぎない。さて、そんな折も折、米国投資銀行の名門リーマンーブラザーズが倒産し、世界で最も安定的な保険会社だと信じられていたAIGが米国政府によって救済された。