あきらめは禁物

現在の研究テーマである「ヒトの人工染色体形成」は、八三年に名古屋大の教授になった時から取り組んでいるものです。人間の染色体を人工的に作る研究で、藤田保健衛生大に移った今も続けています。遺伝子の本体のDNAは細胞内では「染色体」の形で存在し、染色体は細胞分裂する際に倍に増え、半分ずつ新たな細胞に分かれていきます。それなら、DNAが複製される時に起点になる部分と、倍に増えた染色体を分ける機能を持った部分を一緒にすれば、染色体ができるのではないか。そう考えたのです。

酵母菌では成功していましたが、哺乳類のような高等動物で試みるのは冒険でした。ですけど、共同研究者にも恵まれ、九七年に名古屋大を退官するまでに成功しました。今後の課題は応用面です。たとえば、人工的に作り出した染色体になんらかの遺伝子を乗せ、ヒトの細胞に入れれば、遺伝子治療にもつながります。他の染色体も傷付けません。大きな可能性を秘めた研究です。分子生物学の分野で世界的な業績を上げたということで、二〇〇〇年一月に、「ロレアルーヘレナールビンスタイン賞」を頂きました。ユネスコとフランスの化粧品会社ロレアルグループが毎年、世界五大陸の女性生命科学者一人ずつに贈る賞ですが、受賞をきっかけに、女性が働くということについて考えるようになりました。

私自身は、二十二歳で結婚し、目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで、そうした問題を深く考えてみることはありませんでした。ところが、ロレアル賞を受賞して、いろいろな場所に引っぱり出され、話したり聞いたりするうちに、自分が歩んできた道の大変さがわかってきたのです。名古屋大の理学部では、女性教授は私が初めてでした。それまでは、業績があっても教授にはなかなかなれなかったのです。

大学で生物学を学ぶ女性は比較的多いのですが、大学院、それも博士課程へと進むにつれて減ってしまいます。研究に向いているかどうかより、展望が持てないからだと思います。日本の女性教官の数の少なさも、それを物語っています。就職の際も、「博士課程の女性は勘弁して」という会社が多い。パリでのロレアル賞授賞式の後、「科学と女性」というテーマで討論会が行われました。世界中の女性科学者が、共通の悩みを抱えていました。もちろん社会制度の助けも必要ですが、女性たちがあきらめないことが大切です。討論会のスローガンは、「ネバー・ギブアップ」。日本の女性たちにも、この言葉を贈りたいですね。